複勝 それは時に大きなアシストをもたらす 競馬小話(二)

複勝。
それは時に大きなアシストをもたらし、
競馬のカミ様が微笑みを与えてくれる。

 
 

冬子は「やったぁー!!」と思った。ナイター競馬のメインレースで複勝を当てた。

 

日頃は3連単で勝負するが、いつも1-2着が逆転していたり、3着が違っていたり、あと少しで外れてばかりだった。けれどもその日は違った。6番が気になった。単勝人気では14頭中の13番目で、万馬券の数字。通常なら手を出さないだろう。

 

ところが戦績を見れば、近走に二桁着順が続くも5走前の準重賞では2着に入線している。同じような馬はほかにいなかった。人気馬の2番と10番の2頭は近3走が連対以内である。人気も図抜けており、2番が1.2倍で10番が3.5倍の2強対決だ。

 

この2頭は確実だろうと冬子は思っていたが、不安もあった。より安全策に徹しよう、そう決めた。人気馬2頭の馬連と馬単の折返し2点にワイドを買い、6番を組み合わせて3連単と3連複、そして6番の複勝も入れ、それぞれ1000円ずつにした。

 

レースは1800メートルのコースが使われるため、正面スタンド付近から発走する。冬子はゴール前に陣取り、馬券を握りながら固唾を飲んで見守った。

 

ゲートが開くと6番が好ダッシュを見せ、鼻を切った。冬子は行ける行けると思った。第一コーナーから第二コーナーを回ると、先頭が6番、人気の2番は2番手となり、10番が中団やや後方になった。10番が心配と感じながらも、この位置なら大丈夫と信じていた。

 

第三コーナーから第四コーナーを回り、最後の直線に入った。ここで2番が先頭になり、どんどん後続を突き放し、勝利は確実なようになった。6番は2番手に粘っていたが、外側から10番と11番がほぼ同時に追い込んできた。残り100メートルになってもまだ6番が2番手だった。

 

10番と11番がどんどん距離を詰め、6番のすぐ後方を走るようになった。ゴールまで残り50、40、30、20、10メートル・・。ゴール手前数メートル地点で6番・10番・11番がほぼ団子になり、3頭で2着を争う形になった。

 

競馬場オーロラビジョン

 

内馬場に設置されているオーロラビジョンにVTRが流れた。5馬身以上の差をつけた2番が1着、2着はカメラに馬の顔が映った辺りからスローモーションになり、画面上でゴール版から手前に引かれたラインの地点で一旦止まった。

 

すべて鼻差のようだった。冬子は2着が11番、3着が6番、4着が10番だと思った。

 

写真判定であることが場内放送で流れた。ざわざわした雰囲気の中、冬子は待った。待ちに待った。どれくらい待ったのか分からなかったが、ついに確定した。冬子が思った通りだった。

 

1着が2番、2着が11番、3着が6番で、単勝人気では1番、5番、13番の並び。3連単で30万円近くの払い戻しになっていた。人気馬2頭の馬券は当たらなかったが、冬子は大喜びだった。6番の複勝で数千円の配当が付き、1000円買っていたので5万円近くの払い戻しになった。

 



 

冬子はほくほくだった。メインレース終了後、払い戻しをせず、すぐに競馬場を後にした。勝ち馬券をゆっくり拝み、あれこれ計算したかった。

 

帰り道、行きつけのバーに立ち寄った。大好きなイチゴ味のカクテルが、なおいっそう美味しく感じられた。いつもより数杯多めに飲んでしまい、カウンターからレジへ向かう途中グラッとし、男性店員に腕を抱えられた。

 

冬子は口元のほくろを広げ、ありがとうありがとう大丈夫大丈夫、と少し呂律が回らない口調で応えた。多少フラフラしながらも、自宅マンションへ向かった。

 

大学を出て、不動産会社に就職し、勤続10年目を迎えている。今では管理職となり、入社2年目から組んだマンション・ローンももうすぐ終わる。競馬もローンを組んだ頃にハマった。友人とナイター競馬を見たのがきっかけだった。

 

サラブレッドの走りを見るだけでも満足できるが、ビギナーズ・ラックが続いたことで馬券を買うようにもなった。現在は最低週に数回は馬券を購入し、ウマ女の一人であることに間違いはない。

 

相変わらずフラフラしていたが、ふと立ち止まった。薄明かりの街灯の中、左に住宅街、右に公園が見える。まっすぐ進めばいつもの道であり、終始街灯が点いている。公園に入れば暗がりはあるが、マンションまでの近道だ。

 

どうしようか迷った。気分良く酔っているため、心が大きくなっていた。早く帰ってゆっくりし、勝ち馬券を拝みたい気持ちもあった。しばし考えたが、意を決し公園を通ることにした。

 

入口付近は道路の明かりが届いていたが、公園内の噴水広場まで来ると明かりはなくなり、雲が流れていたので時折月光が射し込む程度だった。酔いで心が大きくなっていながらも、少し心配になった。

 

できるだけ足早に進んでいたが、ふいに後ろから肩を掴まれた。ドキンッとし、そのまま振り向くな、と太い声を掛けられた。しまったと思ったが、逃げるに逃げられなかった。

 

そのままの態勢で脇の林に連れ込まれた。微かな月光が届く辺りで止まり、冬子は必死になって震える声を出した。

 

「わ、わたしを襲っても、ど、どうしようもありません。大した女じゃないです。許して下さい。お願いします」

 

太い声がさらに太くなった。

 

「うるさい、静かにしろ」

「お願いします。わたしはそれ程の女ではないです。本当です」

「だからやめろ!」

「いえ、その、あの、わたしを襲っても全然どうしようもありません。だからその・・」

「やめろよ、だからやめろって」

「いえ、だからその、わたしでは、満足しないのではないかと・・」

 

競馬場での月夜

 

男が遮るように言った。

 

「お前勘違いしてねえか? おれは乱暴なんかしねえよ」

 

冬子がぽかんとするように驚いた。

 

「馬券だよ、馬券。あんだろ、持ってんだろ、馬券」

 

思わず冬子が振り向こうとしたが、男の力が強かった。

 

「当てた馬券だよ。ソイツを寄越せ!!」

 

冬子は男の言う通りにした。ショルダーバッグから勝ち馬券を出し、男がもぎ取るように奪った。

 

「振り向くなよ、絶対。いいな、絶対だぞ!!」

 

立ち去る音が徐々に小さくなり、終いに消えた。冬子はホッとし林を抜け、家路を急いだ。自身が襲われなかったのはいいが、男の声はどこかで聞いたと思った。勝ち馬券。悔しい気持ちが出てきたのは当たり前である。ショルダーバッグからスマホを出し、110番通報した。

 

翌日、勤務中にスマホへ電話が掛かってきた。警察からだった。その日のうちに犯人が捕まったとのことで、バーの男性店員だったらしい。どおりで聞いた声だと冬子は思い、酔った勢いで話していた自分の姿が頭に浮かんだ。

 

公園付近では数ヶ月前から女性をターゲットにした路上強盗が起こり、捜査過程で男性店員が浮かび、元々マークしていたとのこと。男性店員は競馬を全く知らず、払い戻しは馬券に書かれた競馬場でしかできないものと思っていた。

 

警察はどこで馬券を買ったのか冬子から聞いていたので、念のため競馬場で張り込みをしていたら、男性店員がのこのこやって来た。逮捕は払い戻しの前に行われたので、馬券は無事だった。警察から慰いとお礼を言われ、冬子は照れるようだった。

 

勤務終了後、警察署へ行き、馬券を返してもらった。その日もナイター競馬があり、冬子は競馬場へ向かった。投票はせず、サラブレッドの走りだけを楽しもうと思った。勝ち馬券は払い戻しするがコピーもし、財布の中にずっと入れておくことにした。

 

人工河川と平行する路線に乗りながら、冬子は窓の外を見ていた。心の中で何度も何度も唱えるように呟いた。

 

「競馬のカミ様、ホントにありがとう」

 
 

複勝。
それは時に大きなアシストをもたらし、
競馬のカミ様が微笑みを与えてくれる。